アフガン 中村哲医師殺害事件から2年。中村はタリバンをどう見ていたのか【中田考】
いまなぜ「タリバンの復権」なのか? 世界再編の台風の目になるのか?
しかし、我々は幸いなことにアフガニスタン社会を知悉(ちしつ)した高橋博史と故中村哲の証言を日本語で読むことができる。高橋博史はダリー語を学びカブール大学を卒業し、タリバン政権の初期(1996―98年)に国際連合アフガニスタン特別ミッション政務官としてアフガニスタンに滞在していた。さらに暫定政権期(2002年)に国連アフガニスタン支援ミッション首席政治顧問を務め、カルザイ政権からガニ政権への移行期にアフガニスタン大使を歴任したという経歴の持ち主である。また、ペシャワール会(※3)で1991年2月にアフガニスタンのナンガルハル州にダラエヌール診療所を開設して以来、2019年にナンガルハル州で銃撃され殉職するまで、30年近くアフガニスタンの民衆の間で暮らし、長年にわたってタリバンとも日常的に接触していた中村哲医師は2001年に以下のように述べている。
「北部同盟の動きばかりが報道されて、西側が嫌うタリバン政権下の市民の状況が正確に伝わらない。日本メディアは欧米メディアに頼りすぎているのではないか。北部同盟はカブールでタリバン以前に乱暴狼藉を働いたのに、今は正式の政権のように扱われている。彼らが自由や民主主義と言うのは、普通のアフガン市民から見るとちゃんちゃらおかしい。カブールの市民は今、米軍の空爆で20人、30人が死んでも驚きません。以前、北部同盟が居座っている間に、内ゲバで市民が1万5000人も死にましたから。
今もてはやされている北部同盟の故マスード将軍はハザラという一民族の居住区に、大砲や機関銃を雨あられと撃ち込んで犠牲者を出した。カブールの住民の多くは旱魃で農村から逃げてきた難民。22年の内戦で疲れ切っていて、「もう争いごとは嫌だ」と思っている。逆に言うと、厭戦気分が今のタリバン支配の根っ子にあると思います。各地域の長老会が話し合ったうえでタリバンを受け入れた。人々を力で抑えられるほどタリバンは強くありません。旧ソ連が10万人も投入して支配できなかった地域です。一方で市民は北部同盟は受け入れないでしょう。市民は武器輸送などでタリバンに協力しています。北部同盟に対しては、昔の悪い印象が非常に強いですから。
タリバンは訳が分からない狂信的集団のように言われますが、我々がアフガン国内に入ってみると全然違う。恐怖政治も言論統制もしていない。田舎を基盤とする政権で、いろいろな布告も今まであった慣習を明文化したという感じ。少なくとも農民・貧民層にはほとんど違和感はないようです。
例えば、女性が学校に行けないという点。女性に学問はいらない、という考えが基調ではあるものの、日本も少し前までそうだったのと同じです。ただ、女性の患者を診るために、女医や助産婦は必要。カブールにいる我々の47人のスタッフのうち女性は12〜13人います。当然、彼女たちは学校教育を受けています。
タリバンは当初過激なお触れを出しましたが、今は少しずつ緩くなっている状態です。例えば、女性が通っている「隠れ学校」。表向きは取り締まるふりをしつつ、実際は黙認している。これも日本では全く知られていない。
我々の活動については、タリバンは圧力を加えるどころか、むしろ守ってくれる。例えば井戸を掘る際、現地で意図が通じない人がいると、タリバンが間に入って安全を確保してくれているんです(※4)。」
タリバンの現状については、2014年から2020年までアフガニスタンで国連アフガニスタン支援団(UNAMA)の代表を約4年にわたって務め、タリバンと協議を繰り返してきた山本忠通も以下のように述べ、タリバンを批判するばかりではなく国民が安心できるような政治と行政を行うよう促していくことを提言している。
「タリバンは大きな組織で、軍事部門と政治部門を持っている。教育や保健など行政分野ごとの委員会もある。政治部門の指導者は国際情勢を把握し、英語の堪能な者も少なくない。タリバンのウェブサイトで発表される声明や主張は極めて論理的で洗練されている。イスラム関連だけではなく、古今東西の文献を引用することもある。知的レベルは高く、国際社会とどのように付き合えば良いのか理解している。
彼らは今、「外交官の安全を保障する」「復讐しないから安心してほしい」「行政官が必要だから国に残って欲しい」「アフガン人の皆を代表する(inclusive)政府をつくる」と訴えている。彼らは、周囲の懸念を理解している(※5)。」
タリバンが対話に開かれていることに関して、各国政府だけでなく、大学や研究機関などでさえこれまで重大な過ちを犯してきた。タリバンはカルザイ政権、ガニ政権をアメリカの傀儡政権として一貫して対話を拒否してきた。2012年の同志社大学での会議は、アフガニスタン国内も含めて、カルザイ政権の公式代表とタリバンの公式代表が公開の場で世界で初めて同席した画期的事件であった。(中略)
タリバンは決して対等な対話を拒否したわけではなく、拒否したのは対等性が保証されない高圧的な相手との対話であり、むしろ対等な対話を拒否してきたのは政権側であった。そしてこれはタリバンに限らず、「テロリスト」などのレッテルを貼られているものとの「対話」において一般的に生ずる問題である。
注)
※3 パキスタンでの医療活動に取り組んでいた医師の中村哲を支援するために1983年に結成された非政府組織。農業事業にも取り組んでいる(http://www.peshawar-pms.com/)。
※4 中村哲「タリバンの恐怖政治は虚、真の支援を」『日経ビジネス』2001年10月22日号(https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/120400219/)。
※5 「論理的、洗練された一面も タリバンを熟知する日本人が見るアフガニスタンのこれから」『The Asahi Shinbun Globe+』2021年8月19日(https://globe.asahi.com/article/14420464)。メディアの中にもタリバンのカブール入城10日を経て、これまでの反タリバン・プロパガンダを疑い、アフガニスタン社会とタリバンの実態を知ろうとする動きが現れている。たとえば、今井佐緒里「タリバンはなぜ首都を奪還できたのか? 多くのアフガン人に「違和感なく」支持される現実」『ニューズウィーク日本版』2021年8月26日(https://www.newsweekjapan.jp/imai/2021/08/post-10.php)参照。
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